「もしあの時あの場所にいたなら......」と誰しも一度は考えたことがあるでしょう。日常の些細な選択が、自分や周囲の人の運命を大きく変えてしまうことも少なからず起こり得ます。
心停止における応急手当は一分一秒を争います。目の前で誰かが突然倒れてしまった時に居合わせ、迅速に救命処置を行うことができれば、命を救い社会復帰の可能性を高めることができます。ここでは、シェリル・オルソンさんが直面した選択と胸骨圧迫・AEDによる救命事例を紹介します。
シェリル・オルソンは、夫のデイヴがワシントン州レヴェンワースに出張するのに同行するか、同行せずに娘が出演する地元の劇場で行われる「美女と野獣」公演第一夜を観に行くか、どちらを選ぶか考えていた。公演第一夜は一度きりのものであり、デイヴの出張にいつも同行していたわけではなかったので、最初は単純な選択に思えた。しかし、今回だけは夫の出張に同行すべきでは?という気持を捨てきれなかった。彼女はデイヴの出張に同行することを決め、ふたりで旅支度をしているときは、この選択がデイヴの命を救うことになろうとは夢にも思わなかった。
レヴェンワースに着いた日の翌朝4時にシェリルは目を覚ました。
「デイヴが奇妙な音を発しているのが聞こえました。それはあえぎ呼吸(死戦期呼吸)だったと後に知りました。私は灯りをつけ、夫の気を引こうとしました。彼は、起きてはいるけれど意識は朦朧としているように見えました。そして息を詰まらせて崩れ落ちました」と彼女は語った。
シェリルはデイヴが呼吸しているか確認すると呼吸が止まっていたため、彼女はすぐにホテルの部屋からフロント係へ電話した。「そこから私の胸骨圧迫(CPR)による救命処置が始まりました。私はフロント係に"夫の呼吸が止まっている。救急番号(911)にすぐ電話してください"と伝えました」とシェリルは振り返る。
彼女が胸骨圧迫(CPR)を開始しようとしていたとき、救急番号(911)から折り返しがあった。「救急の担当者は電話で私に指示してくれました。電話機を床に置かなければならなかったですが、彼の声は聞こえていたことを覚えています。私が胸骨圧迫を続けている間、彼は1, 2, 3, 4 と数を数え続けました。胸骨圧迫は大変疲れる動作でしたし、いつまで続ければよいのかと思いましたが、実際の時間は、最長でも10分くらいでした」
現場に最初に到着した警官がシェリルに代わって胸骨圧迫を続けた。その後、消防署員と救急救命士が駆けつけ、静脈ライン確保の間じゅう、各々が交代で胸骨圧迫を続けた。デイヴの心臓が停止してから約11分後、救急救命士がZOLL® の自動体外式除細動器(AED)を使用して電気ショックを与えたところ、何の反応もなかった。しかし、2回目の電気ショックが幸いにも功を奏し、突然の心停止(SCA)の約15分後にデイヴの心臓は再び動き始めた。
デイヴが除細動器による電気ショックを必要としたのは、この事故が最後ではない。レヴェンワースでのSCA以降もAEDの電気ショックが数回デイヴに行われ、植え込み型除細動器の手術を含む、心室細動(V-fib)を防ぐ複数の処置が行われた。
デイヴがリハビリテーションを通じて一気に体調を回復させたことに周囲は驚いた。「何人もの医療専門家がデイヴの検査記録を見て"これはまずい。神経系に何か問題が生じて、それが悪影響を及ぼすに違いない。他にも気がかりなことが沢山ある"と言いましたが、実際にはそうしたことは起こりませんでした」とシェリルは語る。
デイヴは、「他の人々が経験するような問題が私に起こらなかったのは恵まれていました」と言い、「短期的な記憶障害はないし、他の人々が言うような問題や支障もありません。以前同様に体調は良好です」と話す。
シェリルは、友人や家族の支援に加えて、娘たちがデイヴの回復過程をソーシャルメディアでシェアする中で得られた面識のない人々からの支援もデイヴの回復に貢献したと思っている。
その一方で、あの運命的な夜、デイヴの傍らにシェリルがいたことの重要性を否定できる者はいない。デイヴが心室細動(V-fib)を頻繁に起こす原因は未だに判明していないが、胸骨圧迫(CPR)について知りAEDを用意することが必要不可欠であることを彼らはよく知っている。デイヴが突然の心停止を起こした直後の極めて危機的なタイミングに、シェリルが直ちに胸骨圧迫(CPR)を実施したことで、デイヴの脳内に血液を継続して流すことができたのだった。
シェリルは、「一次救命講習では、公共の場や職場にいるときに胸骨圧迫(CPR)を実施する必要に迫られることが多いと教えられるでしょう。
でも、私の場合は愛する人で最高の友人でもある夫に胸骨圧迫(CPR)を施す必要がありました。胸骨圧迫(CPR)について知り、学ぶことによってあなたの最も大切な人の命を救うことができるということを、みなさんに気づいて欲しいのです」と語る。
デイヴ・オルソンと妻のシェリルはすべての人が胸骨圧迫(CPR)を学ぶことを奨励している。
心停止状態の傷病者に対して何も処置をしなければ、1分ごとに7-10%ずつ救命率が低下し、10分後にはほぼ助かる可能性がなくなってしまいます。しかし、胸骨圧迫とAEDによる適切な一次救命処置を迅速に行えば、救命率の低下を抑え、10分後でも約60%の生存率を保つことができます。
AEDは心停止状態の傷病者に対して誰でも使用できる医療機器です。必要性や重要性をあらためて知り、もしもの時に対応できるよう備えましょう。