2025年3月31日公開
バイスタンダーという言葉をご存知でしょうか?あまり聞き馴染みがない人が多いかもしれませんが、救命現場に居合わせた人を指します。バイスタンダーによる一次救命処置は、傷病者の救命率や社会復帰率の向上に重要な役割を果たしています。
救命現場に偶然居合わせる可能性は誰にでもあり、あなたもある日突然バイスタンダーになるかもしれません。自分の家族や友人や同僚など、周囲の人がバイスタンダーになる、または経験を持っている可能性もあります。バイスタンダーに期待される行動や、心理的負担を軽減するために提供されているケアやサポートを知っておくと役に立つでしょう。
ここでは、バイスタンダーの役割や重要性、救命処置の現状に加え、心理的負担を軽減する取り組みについて紹介します。
バイスタンダーとは?

バイスタンダー (bystander) とは、英語で一般的に傍観者、居合わせた人などを指しますが、救急救命の用語として使用する場合、急病人やけが人など傷病者が発生した際の救命現場に居合わせた人、その場で救命処置を行った人、試みた人などを指します。
道を歩いていたら突然目の前で人が倒れたという場合、あなたはバイスタンダーになります。誰しもがバイスタンダーになり得るといえます。また、バイスタンダーの多くは医療とは直接関わりのない一般市民です。
バイスタンダーの役割
傷病者と遭遇した場合、バイスタンダーは以下の役割を求められます。
- 傷病者への呼びかけと意識の確認
- 救助の要請と119番通報
- 呼吸の確認
- 一次救命処置(胸骨圧迫・AEDの使用)
救助する場合は、周囲の人へ助けを求めましょう。大声で119番通報(救急車の要請)とAEDの手配をお願いします。救急隊の到着までに時間を要するため、迅速な通報が大切です。
救急車が到着するまで一次救命処置を実施します。傷病者に意識とふだんどおりの呼吸がない、判断に迷う場合は、胸骨圧迫とAEDの使用が必要です。
119番通報をすると消防指令センター員が口頭で指示を出してくれますので、その指示に従って救命処置を行ってください。
また、AEDは電源を入れると音声ガイダンスやディスプレイ表示で一次救命処置の手順を案内してくれます。初めての人でも使用できるように設計されていますので、速やかにAEDを現場に手配し、到着したらまず電源を入れましょう。
このように、初めて一次救命処置を行うバイスタンダーをサポートする仕組みやAEDの機能がありますので、傷病者を発見したら、ちゅうちょせずに周囲の人と協力して救助してください。
参考:旭化成ゾールメディカル「AEDの使い方と心肺蘇生の流れ|AED(自動体外式除細動器)についての基礎知識」
傷病者の救命率に大きな影響を与えるバイスタンダー

バイスタンダーによる救命処置・AEDの使用(心肺蘇生)の有無によって、傷病者の救命率が大きく変わります。総務省消防庁が公表した「令和6年版救命救助の現況」によると、一般市民による心肺蘇生が実施された傷病者の1か月後生存率が14.8%であるのに対し、心肺蘇生が行われなかった傷病者の1か月後生存率は7.3%と半分以下でした。社会復帰率をみると、心肺蘇生実施の場合が10.0%に対して、心肺蘇生なしの場合は3.4%とさらに差が大きくなっています。これだけでも一般市民による一次救命処置が傷病者の救命と社会復帰に重要な役割を果たしていることが明らかです。
さらにAEDを使用した除細動(電気ショック)を行った場合の1か月後生存率が54.2%であるのに対し、実施されなかった(非適応を含む)場合は9.6%にとどまり、約5.7倍と大きな差がありました。
社会復帰率では除細動実施ありが44.9%、なしが5.4%と、AEDによる電気ショックが実施された傷病者の社会復帰率が実施なしの場合と比較し8倍以上も高いことがわかりました。
119番通報を受けてから救急隊が現場に到着するまでにかかる時間は平均10分です。しかし、何もしないでいると心停止から1分経過するごとに生存率は約10%ずつ低下し、3分経過すると脳機能に障害が発生するといわれています。何もせずに救急隊の到着をただ待っていたのでは、救命の可能性がほとんどなくなってしまいます。
そのため、現場に居合わせた人、バイスタンダーによる一次救命処置の有無が、傷病者の生死と社会復帰に大きな影響を与えるのです。自分自身がバイスタンダーになった際は、ためらわず周囲の人と協力して迅速に救命処置を行ってください。
バイスタンダーによる救命事例
新聞、テレビ、インターネットなどで、救命処置を行ったことで表彰を受けた一般市民のニュースを目にしたことがあるのではないでしょうか?ニュースにならずとも、日々バイスタンダーによる応急手当・一次救命処置が実施されています。日本でAEDの一般市民による使用が解禁された2004年7月以降、少なくとも8,000人もの尊い命が、その場に居合わせた一般の人(バイスタンダー)の処置によって救われました。
旭化成ゾールメディカルのAEDサイトでは、バイスタンダーがAEDを使用して一次救命処置を行い、大切な命を救った国内外の事例をご紹介しています。医療の知識や救命処置の経験がない一般市民でも人の命を救えることを、実例を通じて知ることができます。
参考:旭化成ゾールメディカル「AED導入事例・救命事例」
バイスタンダーに起こりうる心理的負担

このように、市中で起こる急病人やけが人の応急手当や一次救命処置においてバイスタンダーの存在と役割は必要不可欠です。特に心停止傷病者の救命は時間との勝負なため、その場に居合わせたバイスタンダーの処置なしでは救命することは難しいといえます。
一方で、救命活動時やその後にバイスタンダーが心理的負担を感じることがあります。
救命処置を実施した人は、自分の処置が正しかったか自信が持てなかったり、傷病者の救命につながったか分からなかったりすると、不安やストレスを感じる場合があります。また、処置を行ったが救命できなかった場合には、自分を責めてしまう人もいます。
以下のようなストレス症状や体調への影響が起こる可能性があります。
- 不安や自責の念にかられる
- 抑うつ・無気力感
- 頭痛・めまい・食欲の低下、不眠など
ただし、こうした症状の大半は時間の経過とともに薄れていきます。また、すべてのバイスタンダーにストレス症状が現れるわけではありません。
NPO法人ちば救命・AED普及研究会(千葉PUSH)では、このようなバイスタンダーに起こりうる心理的ストレスとその対処に関する 啓発動画とパンフレット「救助を手伝ってくれたあなたへ」を公開しています。誰しもが安心して救命処置に参加できる体制を構築することで救命される命が増えることを目指し、救命処置を行ううえで知っておくとよいこと、ストレス症状、自分でできる解決策などを紹介しています。
参照:NPO法人ちば救命・AED普及研究会(千葉PUSH)「救命処置実施者(バイスタンダー)の心理的ストレスサポート」
バイスタンダーをサポートする取り組み

こうしたバイスタンダーの心的ストレスをケアし軽減することが、救命活動に関わる人を増やすことにつながるという考えのもとに、以下のようなソフト・ハードの両面での多様な取り組みが進んでいます。
- バイスタンダーのサポート窓口(消防・NPO)
- 救命処置・AEDの使用についての正しい情報の提供
- オートショックAEDの普及
バイスタンダーのサポート窓口
バイスタンダーのサポート窓口は、各自治体の消防やNPOなどにより設置されています。それぞれの窓口の特徴や取り組みをご紹介します。
- 消防
近年、バイスタンダーサポートを提供する消防本部・消防署や消防組合などが増えています。取り組みを実施している各自治体の消防には、バイスタンダーをフォローアップする相談窓口が設置されていることが一般的で、応急手当の実施方法や講習に関する相談の他、実際に救命活動に当たった人からの相談にも対応しています。心的ストレスに関する相談に対応するほか、傷病者へ救命処置を実施したことにより、感染症への罹患が疑われる場合やケガなどをした場合に補償される制度もあります。制度の対象や見舞金などの詳細については、管轄の消防へご確認ください。
また、救命現場で応急手当を実施した人に、感謝のメッセージと窓口の連絡先が記載されたカードをバイスタンダーへ配布している自治体もあります(救命活動を優先し配布できないケースもあります)。不安や心配を感じる場合は、管轄の消防にサポート制度があれば相談してみましょう。
参照:日本臨床救急医学会、 蘇生ガイドライン2020検討委員会、バイスタンダーサポート検討小委員会「バイスタンダーとして活動した市民の 心的ストレス反応をサポートする体制構築 に係る提言(2020)」 - NPO
「バイスタンダーサポートサイト」は、NPO法人AQUA kids safety project救命事業部が運営するバイスタンダー専用のオンライン相談窓口です。救命現場という非日常を経験した不安や悩みを、同じようにバイスタンダーを経験した専門のカウンセラーがオンラインでサポートします。全国どこからでも申し込み可能で、メンタル心理カウンセラーなどの有資格者に1対1でのオンライン相談を60分間無料ですることができます。
申し込み・お問い合わせ先:バイスタンダーサポート「救命現場のメンタルケア、オンライン相談」
代表のすがわらえみさんは、18才で初めて救命講習を受講した帰り道で救命現場に遭遇し、震える手で倒れた男性に胸骨圧迫を行いました。後から「あれでよかったのか?」「もっとできたのでは?」というモヤモヤした気持ちを抱えたそうです。
その後15年間で10回以上バイスタンダーとして救命活動に携わり、自身もバイスタンダーとして悩んだ経験から、同じように悩みや不安やストレスを抱える人たちの心に寄り添いサポートしたいと考え、バイスタンダーサポートサイトを立ち上げました。
救命処置・AED使用についての正しい情報提供
救命処置やAED使用に関する正しい情報の提供も、バイスタンダーそして今後バイスタンダーになるかもしれない人に対する取り組みの一つです。
一次救命処置の手順やAEDの使用法は救命講習で学ぶことができますが、自治体、消防、AEDメーカーなどのWebサイトでも動画などの教材や情報が多数掲載されていますので、確認しておくとよいでしょう。
AEDは、音声ガイダンスやディスプレイ表示で、一次救命処置の手順から電気ショックをすべきかどうかの判断など処置に必要な指示をしてくれます。音声ガイダンスと胸骨圧迫(心臓マッサージ)のテンポを知らせるメトロノーム音はすべてのAEDに搭載されており、初めてAEDを使って救命処置をする人をサポートしてくれます。
AEDによる電気ショックは、必要な時しか実施できないようになっています。心電図を解析した結果、電気ショックが必要だとAEDが判断した場合に、音声ガイダンスやディスプレイ表示で「電気ショックが必要です。体に触れないでください。点滅しているショックボタンを押してください」と救助者に指示してくれますので、それに従ってショックボタンを押すことで電気ショックを与えることができます。「電気ショックは不要です」とAEDが判断した時にショックボタンを押してもショックは行われませんので安心してください。
また、電気ショックの要否に関わらず心停止傷病者には胸骨圧迫(心臓マッサージ)が必要です。AEDの指示とメトロノーム音に合わせて、1分間に100~120回のテンポと約5cmの深さで絶え間なく胸骨圧迫を行います。
119番に通報すると、消防の通信指令員から状況に応じた救命処置の指示を口頭で受けられます。東京消防庁のように、通報者のスマートフォンを使い映像を活用した口頭指導(Live119)を行っている自治体もあります。救命処置の経験がなくても、このような指示や助けを得ることができますので、一次救命処置が必要な場合は、速やかに119番通報とAEDの手配をしましょう。
参考:旭化成ゾールメディカル「AEDは必ず電気ショックをする?AEDの正しい知識を身につけよう」
「AEDの使い方と心肺蘇生の流れ|AED(自動体外式除細動器)についての基礎知識」
参照:東京消防庁「映像を活用した口頭指導(Live119)」
また、救命活動を行ったにもかかわらず傷病者が亡くなってしまっても、バイスタンダーが損害賠償などの法的責任を問われる心配はありません。民法第698条の「緊急事務管理」の規定により、悪意または重大な過失がない限り善意の救助者が傷病者などから損害賠償責任を問われることはないと考えられています。刑法第37条の「緊急避難」の規定では、害が生じても、避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り罰しないとされています。一般市民が業務の一環ではなく、善意に基づき救命処置を実施した場合には、民事上・刑事上の責任を問われることはありません。
傷病者が女性の場合、救助者がセクシャルハラスメントで訴えられるなどの誤った情報がインターネット上で拡散されることがありますが、実際に警察で被害届が受理されたという事例はありません。性別に関わらず、目の前で人が倒れたら、速やかに一次救命処置を行いましょう。
参考:旭化成ゾールメディカル「女性に対するAEDの使用について知っておきたいこと」
オートショックAED

近年では、ショックボタンを押す必要がなく救助者の負担軽減が期待できる「オートショックAED」が日本国内でも新たな選択肢として導入が始まりました。
オートショックAEDは、心電図解析の結果電気ショックが必要と判断された場合に、自動で電気ショックを行います。救助者はショックボタンを押す必要がなく、自動で電気ショックが実行されるため、ショックボタンの押し忘れや押し遅れの防止とともに、救助者の心理的負担軽減をサポートすることが期待されています。
参考:旭化成ゾールメディカル「ZOLL AED 3 オートショック」
まとめ
救命現場に居合わせる可能性は誰にでもあり、バイスタンダーになり得ます。傷病者の命を救い社会復帰を叶えるためには、その場に居合わせたバイスタンダーによる一次救命処置が不可欠です。
同時に、より多くの人の命を救うためにもバイスタンダーの心理的負担に対するケアとサポートが大切です。
ご紹介したように、救命処置に安心して関われる体制づくりや取り組みが進んでいますので、必要に応じてぜひ活用してみてください。
AEDの導入・設置に関するご相談は、お問い合わせフォーム、またはAEDコールセンター(0800-222-0889)へお気軽にお問い合わせください。
旭化成ゾールメディカルのAEDサイトでは、「AEDについての基礎知識」や「AEDの使い方と心肺蘇生の流れ」が学べるコンテンツを多数ご用意しています。一次救命処置やAEDについての知識が得られる「AEDコラム」や、よくある疑問にお答えしている「よくあるご質問」もぜひご活用ください。