2025年1月24日公開
AEDが公共施設や商業施設、集合住宅などに設置されているのは知られていますが、一部の車両へもAEDが搭載されていることをご存知でしょうか?近くにAEDが設置された施設がない場所でも、AEDを搭載した車両が救命現場のそばを走行・駐停車していればAEDを使用した救命処置が可能になります。そのため、突然の心停止に備え、バス、トラック、タクシー、社用車などの商用車両・公共車両へのAEDの搭載が期待されています。
ここでは、車載AEDが必要とされる理由や効果、意義などについて、実際の事例も交えて解説します。
公共車両・商用車両のAED車載の意義とは

トラックやバス、タクシー、配送業者、訪問看護・往診用車両、巡回車両などの公共車両・商用車両へのAED搭載は、突然の心停止(心臓突然死)から多くの人の命を救うことにつながります。AEDが搭載されていれば、運転手や乗務員による使用はもちろん、偶然乗り合わせたり居合わせたりした乗客や市民による救命活動が可能です。またシーズンによって来訪者が増加する観光地や期間限定のイベントなど活用される場面も広がると言えるでしょう。
観光バスや都市間バスといった長距離運行バスのように乗車時間が長い場合、第一に想定される車載AEDの使用者は乗客や乗務員です。しかし、他の車両の場合は、市中で発生する心停止事案に遭遇した際に活用される可能性があるため、社会や地域への貢献も導入の目的の一つとなっています。
AEDの役割と重要性
心臓がけいれんし、正常に血流を送れなくなる「心室細動」を起こした場合、突然の心停止から命を救う有力な治療法はAEDによる除細動(電気ショック)と胸骨圧迫(心臓マッサージ)とされており、AEDは救命において非常に重要な役割を担っています。
突然の心停止で亡くなる人の数は年間約9万人、一日に約250人にも上り、6分に1人が心臓突然死している計算になります。交通事故による年間死者数2,663人(2024年度)と比較すると、その数は30倍以上にもなります。すべてのケースで命を救えるとは限りませんが、AEDを使用することで救命の可能性は高まります。
日本では、心臓突然死から命を救うためにAEDの普及が進められてきました。2001年に、国際線の航空機へのAED積載が認められ、2002年には、日本循環器学会が医師ではない人によるAED使用推進を提言。翌2003年には、救急救命士のAEDによる除細動が医師の指示なしでも可能になり、2004年7月からは、医療従事者以外の一般市民に対してもAEDの使用が認められました。現在では、約67万台が全国に設置されています。
参照:公益財団法人日本AED財団「心臓突然死の現状」
政府統計の総合窓口(e-Stat)「道路交通に関する統計 交通事故死者数について 年次2024年」
救命するには「5分以内の除細動」
日本では119番通報から救急車が現場に到着するまでの所要時間は、全国平均で約10.3分です。
心停止を起こすと、脳への血流はすぐに止まり、10〜15秒で意識を失ってしまいます。処置が1分遅れるごとに救命率は約10%ずつ低下するとされ、心停止から3分経過すると脳に障害が発生し、10分経過すると救命は困難になります。

AHAガイドライン2005、総務省消防庁「令和5年版 救急救助の現況」の情報をもとに作図
救急車の到着平均時間が10.3分であることから、何もせずに救急車を待っているだけだと救命の可能性はどんどん下がってしまいます。傷病者の生命を守るには、119番通報直後から周囲にいる人が迅速に救命活動を実施する必要があります。
推奨されているのは、胸骨圧迫と心停止から5分以内の除細動(電気ショック)です。心停止から1分以内に救命処置が行われた場合、救命率は95%とされます。しかし、心停止事案が発生した際、身近な場所にAEDがあるとは限りません。もしバスやトラック、タクシーなど公共車両や商用車両にAEDが搭載されていればAEDへのアクセスが向上し、心停止傷病者の命を救える可能性が高まります。
AED搭載車の必要性が高まっている理由

近年において、車載AEDの必要性が高まっている背景として、以下のような理由が挙げられます。
- 一次救命処置が必要な状況が増加している
- 医療過疎地が増えている
それぞれの背景や実態を解説します。
一次救命処置が必要な状況が増加している
ひとつ目は、高齢化や生活習慣の悪化により、心停止を招く心疾患を持つ人が増えていることです。結果、AEDを使った応急処置の必要な状況も増加しています。
健康な人でも予期せず死亡に至るケースを「突然死」と呼びます。中でも「急性心臓死」で亡くなる人が最も多く、その急性心臓死の大半は、臓器に酸素・栄養を運ぶ血液が行き届かなくなる虚血性心疾患が原因です。よく耳にする狭心症や心筋梗塞は虚血性心疾患に含まれます。
日本では高齢化が進んでおり、虚血性心疾患を含む心疾患の発生割合は、年々増加しています。現在、心疾患はがんに次いで死亡率の高い病気となりました。心臓突然死は年齢を問わず発生するものの、全体では高齢者での発生割合が高く、今後は高齢化社会がさらに進むことで、今までよりも心疾患患者が増えると予想されます。
また世界的には20〜50歳での心臓疾患も増加傾向です。要因としては高血圧や糖尿病、高コレステロール、肥満などが挙げられ、不健康な食生活や運動不足など生活習慣の悪化に原因があると考えられます。悪い習慣は、幼少期の早い段階から始まっているケースも多く、若い年齢層は心臓疾患のリスクに気付いていない場合もあります。
こうした状況に加え、救急車の出場要請件数の増大による、救急車の現場到着時間の伸長も救命率に影響を及ぼします。こうしたことから、その場に居合わせた人による迅速な一次救命処置が不可欠となり、AEDの必要性は今後さらに高まるでしょう。
医療過疎地が増えている

2つ目の理由は、充実した医療の提供が難しい医療過疎地の増加です。日本の過疎地域は、増加傾向にあり、現在は約6割と市町村数の半数近くを占めています。人口減少は元より、高齢化や医療を含む公共サービスの質の低下など、過疎地域で起きる問題はさまざまです。さらに、医師がいない地域の無医地区は、90%以上が過疎地域に集中しています。
医師が少数であったり、全く常駐していなかったりする地域で考えられるのが、心停止など突発的な傷病者に対して迅速な医療が行えないリスクです。人口密度が低い地域では、AEDの設置数や設置密度が低く、都心部と比較してAEDへのアクセスが悪い傾向にあります。
往診用車両にAEDを積載すれば、遠隔地や過疎地域の往診先や外出先などでの緊急時にも対応可能です。また車載AEDの有効性は、医療に関わる車両だけに限りません。バスやタクシー、トラックなど、日常に利用される車両にもAEDを搭載すれば、医師や救急隊がすぐに到着できない過疎地域の医療に大きく役立てられるでしょう。
救急車以外の車両におけるAEDの搭載事例
現在でもすでに、一部で救急車以外の車両にもAEDが搭載されています。公共車両や商用車両などで実際にAED車載の取り組みを実施しているケースをみていきましょう。
公共車両(バス)でのAED搭載・乗客救命事例

東京都や千葉県などで路線バスや観光バス、送迎バスを運行している京成バスシステム株式会社では、お客様にとって安心・快適なバスを目指して、観光バスの全車と企業送迎バスの一部、路線バス の計51台の車両にAEDを搭載しています。(2024年3月31日現在)。きっかけとなったのは、過去にバス内で急病人が発生し、人命救助を行った経験からでした。
2015年3月31日、船橋市栄町内を運行していたバス内で、乗車していた40代女性が心停止で倒れました。他の乗客から連絡を受けた運転手は、すぐにバスを安全な場所に停車させると、近くの本社に連絡し、AEDと119番通報を要請しました。運転手は気道の確保と意識の確認を行い、本社から届けられたAEDを装着。電気ショックを実施した後、救急車が到着するまで胸骨圧迫と人工呼吸を続けました。運転手がAED講習を受けた経験があったため、迅速な救命処置が行えました。女性は一命を取り留め、約1カ月の入院後に無事退院し社会復帰を果たしました。
この救命活動を契機に、同社では車両へのAED導入と安全に関する取り組みを推進しています。
参照:京成バスシステム株式会社「安全報告書 2024年6月」
「観光バス」
参考:旭化成ゾールメディカル「京成バス乗務員による乗客救命事例」
配送車両へのAED搭載事例

食品のコンビニ配送事業を手掛ける株式会社アルプスウェイは、社会貢献の一環として、運行している全配送車両にAEDを搭載しています。同社では、配送業務中にドライバーが事故現場や緊急で救命が必要な人に遭遇した場合に、迅速に対応できるようAED車載を開始しました。不測の事態が起きた際にもAEDを適切に使用できるよう、配送員は普通救命講習を受講しています。
参照:株式会社アルプスウェイ「アルプスウェイの全車両にAED搭載を開始いたしました」
防犯パトロール車やごみ収集車へのAED搭載
複数の自治体で、「走るAED」として地域を巡回する防犯パトロール車やごみ収集車へのAED搭載が行われています。巡回中に救命が必要な心臓疾患などの傷病者に遭遇した場合に備えたもので、乗務員は一次救命処置に対応できるようAEDを使用した救命講習を受講しています。AEDを搭載している車両には「AED」のステッカーが貼ってあり、万が一の際には救助を行うとして市民に呼びかけを行っています。
まとめ
トラックやバス、タクシー、配送車など、商用車両や公共車両へのAEDの車載は、まだ広く知られているとはいえないものの、万一の際、人命救助に大きく役立つ可能性があります。高齢化社会の加速化などにより、心停止の発生件数は増える傾向にあり、迅速な医療提供が難しい過疎地域も増加しているため、AED搭載車の必要性はますます高まっていくといえるでしょう。
AEDの車載に取り組む企業や公共団体は増えており、中には実際に救命活動で大きな役割を果たした事例も存在します。商用車両や公共車両などを保有・運行している企業・組織においては、自社車両へのAED搭載や乗務員への講習実施などを検討してみてはいかがでしょうか。
また、市中で目の前で誰かが倒れた場合AEDの手配が必要ですが、施設だけではなく周囲の車にAEDが搭載されている可能性があることを覚えてよくとよいでしょう。
AEDの導入・設置に関するご相談は、お問い合わせフォーム、またはAEDコールセンター(0800-222-0889)へお気軽にお問い合わせください。
旭化成ゾールメディカルのAEDサイトでは、「AEDについての基礎知識」や「AEDの使い方と心肺蘇生の流れ」が学べるコンテンツを多数ご用意しています。一次救命処置やAEDについての知識が得られる「AEDコラム」や、よくある疑問にお答えしている「よくあるご質問」もぜひご活用ください。