2022年10月7日公開 2024年10月11日更新
いつどこで起きるか分からない心臓突然死。特にスポーツ中やその直後は、健康な人や若年者であっても心臓突然死のリスクがスポーツをしていない時の17倍に高まるといわれています。突然の心停止の多くは心室細動という不整脈によるもので、突然の心停止から命を救うには、迅速なAEDによる電気ショック(除細動)と心肺蘇生を行う必要があります。
かつては一次救命処置が十分に行えず手遅れになるケースも多く見られました。しかしAEDの設置数の増加や、スポーツイベントの現場に医療班や救護スタッフが配置されるなどの対策が講じられたことで、救命された事例が増えています。
そんななか、2024年6月30日にインドネシアのジョグジャカルタで開催されたバドミントン・アジアジュニア大会の団体グループステージの試合中に倒れた17歳の選手が、AEDの使用がないまま亡くなるという痛ましい事故が起こりました。
これに対し日本AED財団では、「スポーツ中の突然の心停止は決してまれではありません。しかし、しっかりと準備をして、素早く AED を用いた救命処置を行うことが出来ればスポーツ中の心臓突然死はゼロを目指すことが出来ます」と、一次救命におけるAED使用の重要性を訴えました。
参照:公益財団法人日本AED財団.「緊急メッセージ:「スポーツ現場の突然死」について」
ここでは、スポーツ中の心臓突然死、それを防ぐためのAED設置と救護体制の重要性とポイントなどを、AEDによる救命事例をまじえて解説します。
スポーツ中に心臓突然死が起こる主な原因
一般的にスポーツ現場での心臓突然死は「運動中」や「運動後1時間」に起きるものをいい、最も多い原因が心室細動です。心室細動とは致死性不整脈の一種で、心臓の中でも全身に血液を送り出す特に重要な左心室で突然けいれんが起こる病気です。全身へ血液が送り出せなくなるため、数分以上この状態が続くと死に至ります。
心室細動にはさまざまな原因が存在しますが、多くの場合その存在に気づかないことが多く、突然心室細動が発生します。元来、心臓の病気や異常がある人に発生しやすい症状ですが、先天的な病気を患っていない人でもリスクがないわけではありません。胸部に強い衝撃を受けることで発症するケースもあります。
ある米国の研究によると、突然死が起こる確率は、スポーツ中だと142万回の運動で1度と低確率です。しかし運動の前後1時間では、運動せずに過ごす1時間と比べて17倍もリスクが高いという研究結果もあります。さらに、普段から運動を習慣化している人よりも運動をする習慣がない人のほうがリスクは高い傾向です。
スポーツ中の心臓突然死の原因として多いのが、狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患です。その他、明らかな異常がないものの、致命的な不整脈を起こす急性心機能不全も原因になっています。
心臓突然死は、年齢を問わず発生する可能性のある疾患です。しかし、年齢によって突然死の原因の傾向が異なります。高齢者と若年者に分けて、それぞれに多い心臓突然死の主な原因をみていきましょう。
参考:旭化成ゾールメディカル「心臓突然死の主な原因のひとつである不整脈、「心室細動」とは?」
高齢者の場合
一般的に、心臓突然死は高齢者に多い病気とされており、スポーツ中かどうかを問わず、突然死自体は若者よりも高齢者の方が多い傾向にあります。高齢者に心臓突然死が増える要因としては、高齢になるほど体全体の機能が衰え、動脈硬化が進行するためと考えられます。動脈硬化とは、動脈の血管が固くなって弾力性が失われ、血栓が生じて血管が詰まりやすくなった状態です。
老化や動脈硬化によって、主に以下のような疾患が高齢者の心臓突然死につながっているといわれています。
- 冠動脈疾患:心臓に血液を供給している冠動脈の流れが悪くなり、心臓に障害が起きる疾患
- 肥大型心筋症:遺伝的な理由から心臓(心室)の壁が厚く硬くなり、動悸や胸痛、合併症などを引き起こす病気
- 心臓弁膜症が原因:心臓内で扉の役割を果たしている弁が正常に機能しなくなる疾患
若年者の場合
心臓突然死は、高齢者だけでなく、若年者であっても起きる疾患です。突然死の総数でみると高齢者が多いものの、スポーツ関連に絞った場合、高齢者よりも若者に多いことが分かっています。18歳以下の突然死のうち、スポーツ関連の突然死は約40%。若年層の場合、外見的には健康に見える人でも、突然の不整脈を発症するケースに注意しなければなりません。
若年層の突然死の原因となる心臓構造の異常として多いのが、心臓の左室または右室心筋の異常な肥大を起こす疾患である肥大性心筋症です。
その他、以下のような疾患も若者の心臓突然死を引き起こす原因となり得ます。
- 拡張型心筋症:心臓の筋肉が薄くなって収縮する力が弱くなり、血液をうまく送れなくなる病気
- 遺伝性不整脈疾患:不整脈を引き起こす先天心疾患
- 冠動脈奇形:冠動脈の異常を起こす先天的な病気
- 大動脈の遺伝子疾患
参照:公益財団法人日本心臓財団「健康ハート・シンポジウム「スポーツにおける心臓病予防~心臓突然死を防げるか」
心臓突然死が起こりやすいスポーツとは
スポーツによって運動強度が異なるため、なかには心臓突然死が発生しやすいスポーツが存在します。
特に心臓震盪(しんぞうしんとう)が起こりやすいとされているのが、バスケットボール・アメリカンフットボール・サッカー・空手などの格闘技、フットサル・ソフトボール・ホッケーのような胸部に強い衝撃を受けやすいスポーツです。心臓震盪とは、心臓に大きな衝撃が加わることで、致命的な不整脈を引き起こし、心停止を引き起こす疾患を指します。心臓震盪は、健康な人でも発生する可能性があり、誰でも起こり得るため注意が必要です。過去には高校野球の試合中、打球を胸に受けたピッチャーが心臓震盪を起こしたケースもありました。
そのほか、水泳やマラソンなど運動強度が高いスポーツでも心室細動が発生する恐れがあります。
このように、スポーツ中の突然死は明らかな心疾患を持っている人でなくても起こり得ることを知っておきましょう。
スポーツ中の突然死をなくすには?AEDの使用が重要
スポーツ中の心臓突然死を防ぐため、重要な役割を果たすのがAED(自動体外式除細動器)です。なぜ突然死の防止にAEDが大切なのか、その理由とAEDがもたらす効果を解説します。
心室細動を発症すると、心室が小刻みに震えて正常に収縮しなくなり、心臓から脳や臓器へ血液が十分に送り出されず意識不明に陥ります。この状態のまま放置するとやがて心臓が停止するため、命をつなぎとめるためには速やかにAEDで電気ショックを与え、除細動することが必要です。
AEDは電極パッドを傷病者の胸に装着すると自動で心電図解析を行い、電気ショックが必要かどうかを知らせてくれます。必要な場合は、『電気ショックが必要です。体に触れないでください。点滅しているショックボタンを押してください』などとAEDが音声で知らせますので、AEDの指示に従い迅速に電気ショックを与えましょう。
救急車が到着するまで何もしないと救命率が著しく下がる
心停止から1分以内に救命処置が行われた場合の救命率は約95%とかなり高いことが分かります。一方で、処置が1分遅れるごとに、救命率は10%ずつ低下するとされています。日本で119番通報を受けてから救急隊が現場に到着するまでの所要時間は、全国平均約10.3分です。つまり、救急隊が来るまで何もせず待っているだけでは、命が助かる可能性がほとんどなくなってしまいます。
突然の心停止が起きた際は、5分以内に心臓の細動(けいれん)を取り除く除細動の処置(AEDによる電気ショック)が推奨されています。尊い命を救うには、その場に居合わせた人たちによるAEDを使った迅速な一次救命処置が求められます。
参照:総務省消防庁「令和5年版 救急救助の現況」
AEDを使用しない場合と比較して生存の可能性が高まる
AEDがなくても、胸骨圧迫と人工呼吸などによる心肺蘇生は可能です。しかしAEDを使用した方が、より生存率は高まります。胸骨圧迫と人工呼吸による心肺蘇生法だけでは、蘇生できないケースもあるからです。突然の心停止に対する一次救命処置には、心肺蘇生法とAED使用の両方が欠かせません。
総務省消防庁の「令和5年版 救急救助の現況」によると、一般市民に目撃された心原性心肺機能停止傷病者(突然の心停止)28,834人のうち、現場で周囲の人の手で心肺蘇生が行われたのは59.2%。そのうち、AEDが使用されたのはわずか4.2%でした。
他方で、AEDを使用した場合の1ヵ月後の生存率は50.2%であるのに対し、AEDを使用しなかった場合では、9.9%でした。AEDを使用した方が、生存率が約5倍高いことがわかります。突然の心停止から命を救い、社会復帰を果たすには、AEDの使用が非常に重要なのです。
スポーツが行われる場所には、多くの人が集まっていることが多いため、早期発見や通報、一次救命処置にあたる人手の確保が比較的容易なため、救急隊が到着するまでに救命処置を実施できるでしょう。AEDの備えがあれば、突然の心停止が発生しても命を救える可能性が高くなるのです。
救命講習への積極的な参加
AEDが設置されているだけでは十分とはいえません。参加者や関係者に大会前の救命講習への参加を促し、緊急時に救命処置ができる人を増やしておくことも心臓突然死を防ぐための対策です。どれほど多くのAEDが設置されていてもAEDの適正な使用や適切な救命処置をできる人がいなければその効果が発揮できないからです。
スポーツイベントやフィットネスジム、学校での運動中は周りに人がいることが多く、誰かが倒れても発見しやすい環境です。事前に講習を受け救命処置を実行できる人が目撃者の中にいれば、突然の心停止から命を救える可能性が高まります。
救命は一刻一秒を争います。救命処置を迅速に行うためには、講習で事前に一連の流れを理解しておくといざという時に落ち着いて対応することができます。また、マラソン大会などでは、「倒れている人を発見した際には、ビブスを着用した救護スタッフに知らせる」など具体的な対応の仕方を参加者に周知しておくことも重要です。さらに、AEDから「ショックは不要です」というメッセージが流れても、胸骨圧迫の継続が必要なことを関係者すべてが理解しておくことも大切です。
医療現場以外でAEDが普及した背景
日本において医療現場以外でAEDが普及した背景のひとつとして、スポーツ競技での突発的な心停止の発生が挙げられます。
2002年、高円宮憲仁さまがスカッシュの練習中に心室細動による心不全で急逝されたことが、AED設置に向けた問題提起のひとつとなりました。こうしたことが契機となり、2004年7月には医師や救急救命士以外の一般市民によるAEDの使用が認められ、公共施設をはじめとする多くの人が集まる場所へのAED設置が進みました。
参考:旭化成ゾールメディカル「AEDの開発と普及の歴史」
しかし2011年には、元サッカー日本代表の松田直樹選手が松本山雅FC在籍時に練習場で倒れ、その後死亡した事故が発生し、社会に大きな衝撃を与えました。34才という若さで帰らぬ人となった松田選手の命は、AEDが近くにあれば救えた可能性があり、社会がAEDの重要性を考える大きなきっかけのひとつとなりました。
松田選手が活躍したサッカー界を統括する日本サッカー協会でも、この事故を機に積極的な対策に取り組んでいます。具体的には、全チームに対して試合中のAEDの携行・設置を義務付けたり、医師、トレーナーの他、選手、指導者、審判員、保護者等などにAED救命講習会を実施したりといった対策です。
参照:減らせ突然死プロジェクト 命の記録MOVIE あなたにしか救えない大切な命~君の瞳とともに元サッカー日本代表 松田直樹さんの突然死
日本サッカー協会「メディカル 救急救命」
また、こうした日本サッカー協会の取組みを後押しするため、旭化成ゾールメディカルをはじめとしたAEDメーカー各社もサッカー競技者や団体に対するAED設置促進活動へ協力しています。また、弊社は2020年千葉県千葉市に竣工された高円宮記念JFA夢フィールドへZOLL AED Plusを寄贈し、施設の利用者の安心安全に貢献をしています。
スポーツ中の突然死を防止するためのAEDの適正配置
「AED の適正配置に関するガイドライン」では、AEDの設置が推奨される施設としてスポーツジムおよびスポーツ関連施設が挙げられています。
ガイドラインでは、「施設内でのAEDの配置に当たって考慮すべきこと」として、以下の6つを挙げています。
- 心停止から5分以内に電気ショックが可能な配置
- 現場から片道1分以内の密度で配置
- 高層ビルなどではエレベーターや階段等の近くへの配置
- 広い工場などでは、AED 配置場所への通報によって、AED 管理者が現場に直行する体制、自転車やバイク等の移動手段を活用した時間短縮を考慮
- 分かりやすい場所(入口付近、普段から目に入る場所、多くの人が通る場所、目立つ看板)
- 誰もがアクセスできる(カギをかけない、あるいはガードマン等使用できる人が常にいる)
- 心停止のリスクがある場所(運動場や体育館等)の近くへの配置
- AED 配置場所の周知(施設案内図へのAED配置図の表示、エレベーター内パネルにAED配置フロアの明示等)
- 壊れにくく管理しやすい環境への配置
参照:一般財団法人日本救急医療財団「AED の適正配置に関するガイドライン」
参考:旭化成ゾールメディカル「AEDの適正配置をご存知ですか?」
マラソン大会などであれば、コース上一定の距離間でAEDを配置することが可能ですが、サッカースタジアムや野球場のような場所では配置に工夫が必要です。ベンチへの設置だけでは不十分なため、設置場所をほかにも設け、スタッフがAEDを携行し巡回するなどの対策も必要となります。
さらにAEDを設置しているだけでは、万が一の際うまく使えない可能性もあります。関係者が事前にAEDの講習を受け、日常点検を行い、いざという時に慌てずに対応できるよう準備態勢を整えておくことも重要です。
参考:旭化成ゾールメディカル「AEDの使い方と心肺蘇生の流れ」
「AEDの日常点検・管理について」
AEDによりスポーツ中の突然の心停止から救われた事例
スポーツ時の心停止からAEDにより命が救われるシーンは、イベントや日常でスポーツを楽しんでいるときなどさまざまです。ここでは実際にあった事例を紹介します。
東京マラソンでの救命事例
東京マラソンでは、2023年までの過去16回の大会で11人の参加者がマラソン中に突然倒れ心肺停止に陥りましたが、ボランティアや救護スタッフによる救命活動により、すべての人が回復しています。
2009年開催の第3回大会では、ランナーとして参加していたタレントの松村邦洋さんが、走行中に心肺停止状態になり倒れた後、救命処置により回復したことがよく知られています。14.7キロ付近を走行中だった松村さんは、突然足が止まりそのまま倒れ込みました。AEDを持った大会スタッフ2人が時間をおかずに駆けつけ、心配蘇生を行った結果、無事に救命され社会復帰することができました。
金沢マラソンでの救命事例
2016年以来、国内外から多くの参加者を集めている金沢マラソンでも、2019年と2021年の大会でランナーが心停止により倒れましたが、いずれも迅速なAEDによる電気ショックと救命処置により尊い命が救われ、無事に社会復帰を果たしました。
金沢マラソンでは、傷病者発生に迅速に対応できるようコース上に、事前に救命講習に参加した「AED隊」と呼ばれるボランティアによるAEDを携行した救護班を50以上配置し、自転車でも移動しながら万一の事態に備えています。このように、十分な救護体制を構築することが、いざというときに命を救える重要な鍵となります。
旭化成ゾールメディカルは、コースに設置するAEDの提供と、大会救護ボランティアの方々への事前AED救命講習を実施しています。
参考:旭化成ゾールメディカル「金沢マラソン2023に協賛しました」
旭化成ゾールメディカル「金沢マラソン2021に協賛しました」
旭化成ゾールメディカル「金沢マラソン2019に協賛しました」
いびがわマラソンでの救命事例
2023年11月12日、岐阜県揖斐川町で開かれたいびがわマラソンで心停止を起こしたランナーの命がAEDによって救われました。
2009年大会の際、コース上で心停止を起こしたランナーが亡くなった事故をきっかけに、参加者が安心して走れる大会を目指し、地元大学や医師会とも協力しながら2013年にメディカル委員会を発足。大会本部・救護班・AED隊が情報を一元的に共有できる救護体制を整えました。
2023年の大会では、米国から参加していた女性ランナーが心停止を起こした際、自転車AED隊が現場に即座に駆け付け、迅速なAED使用を行いました。女性はAED使用の2分後に意識を取り戻し、無事回復して帰国しています。
旭化成ゾールメディカルは、2013年からコースに定点設置するAEDと、コース上を巡回するAED隊が使用するAEDの提供を行い、大会の安心・安全体制づくりへ貢献しています。
参考:旭化成ゾールメディカル「いびがわマラソン2023救命事例~町ぐるみで実現する安心・安全体制が尊い命を救う~」
「いびがわマラソン2015救命事例」
ゴルフ場での救命事例
2020年8月13日に滋賀県大津市のゴルフ場でプレー中だった53歳の女性が心肺停止状態で倒れましたが、後続でプレーしていた男性らにより助けられました。
倒れた女性のもとに駆け付けた男性とその場に居合わせたゴルフ場関係者が連携しながらAEDによる救命処置を行いました。男性もゴルフ場関係者も、過去にAEDの講習会を受けたことがあったため、スムーズに救命処置ができたといいます。
ゴルフは他のスポーツと比べて競技人口の年齢層が高く、40代以上のスポーツ中の突然死の代表的な要因となっています。また、ゴルフ場は敷地が広く郊外に立地していることが多いため、救急車の到着に時間を要するケースもありAEDの設置が特に求められる施設です。
まとめ
スポーツ中の心臓突然死を防ぐにはAEDの設置と使用が有効な方法です。「AEDの適正配置に関するガイドライン」でもスポーツ現場への設置が推奨されており、実際にマラソンなどのスポーツ大会では、迅速なAED使用によって参加者の人命が救われたケースが多数存在しています。ひとりでも多くの命を守るためにも、体育館・運動場・プール・競技場・スポーツジムなど、スポーツが行われる場所にはAEDを適正に設置するとともに、AEDを使用した一次救命処置を行える人を増やすことが大切です。
旭化成ゾールメディカルのAEDサイトでは、「AEDの使い方と心肺蘇生の流れ」が学べるコンテンツを多数ご用意しています。一次救命処置やAEDについての疑問にお答えしている「よくあるご質問」もぜひご活用ください。